ルナ先生(後編)
意識の視野で、
ひとつの過去世がフェードアウトし
白い光が一面に広がっていく。
・・そして“無”になる。
時間を越えた領域。
何分経ったのだろうか。
・・いや、ともすると何時間も経っているのかもしれない・・
ぼんやりとそんなことを考えつつ
膨張した意識でふわふわと時空を漂う。
すると突如、意識がどこかに集約されていく引力を感じる。
成すがままにまかせていると、
どうやら別の時代の過去世に着地したようだ。
「プッププーーーッッ!」
街のざわめきを突き破るような 大きなクラクションが聞こえる。
ふと意識を向けると、小型で旧式の車が 目前をビュンと通り抜ける。
「・・ぅわぁっ!!」
遅れがちに驚くと、
よろめきながら 車道を横切ろうとしている「私の身体」に気付いた。
瞬間、強いG(重力)がかかり、記憶が蘇る。
・・・・・・
・・・・
・・
鶏ガラのように やせっぽっちの冷えた身体、
ひっつめの髪、たくさんのそばかす。
えんじ色のカーディガンに 着古したカーキ色のスカート。
私は貧乏な苦学生。
大学2年次に諸事情が重なり資金が尽きた。
生家が貧しく 頼るアテもなく
とにかく何か仕事を見つけてお金をためようと考えるに至る。
街角には倦怠感の漂う朝もや。
むせ返るような排ガス。
くたびれ果てた風が眠たそうに漂う。
少しでも時給の良い仕事を探し求め
来慣れない繁華街に 意を決してやってきたが、
この街は、明らかに 自分の知らない領域だ。
・・・・・・
・・・・
・・
職探し中、ある中年女性と知り合い、面接を受けることに。
背が高く肉付きが良い 風格のある身体。
スポーツ選手かと見紛うほどに大きく張り出した肩。
金髪で軽いうねりのあるボブ。
男性的な豪快さと共に、
無数の修羅場をかいくぐってきた気迫が灯る瞳。
鮮やかな発色のチークと紅が、
それらの過去を知らん顔で昔に追いやり
むしろ奥行きのある女性的な優しさに変えようとしている。
ー凄みのある美しさと気高さを備えた女性。
ドレープの美しいオフホワイトのカーディガン。
軽く組まれた両の腕から、左腕がほどけ、軽く宙をもてあそぶ。
「それで、稼ぎたいって・・・目的はあるの?
ここでの仕事は、生半可じゃない。
ちゃんとした目的意識がなきゃ、やっていけないよ。」
私は、どうしても進学したいことと
成し遂げたい夢があることを切々と語った。
どこの馬の骨とも分からない私の身の上話を
あしらわずに最後まで聞いてくれた彼女は、
最後、宙空を見つめて何かを考えている様子だった。
話が終わると、彼女は席を立ち
フルーティな香りの美味しい紅茶を淹れてくれた。
淡い花柄のカップとソーサ。
すわり心地の良い赤色のソファ。
円熟した大人の女性を髣髴とさせる、スパイシーな香り。
慣れない環境の中で、私はすっかり舞い上がっていた。
(・・・ただの面接に来た私に、
なぜこんなに親切にしてくれるのかしら?
ひょっとして、余りの貧乏に同情されているのかしら?)
そしてやはり・・・どこからも連絡は無かった。
面接はすべて失敗に終わったと思った。
ところが数日後、私の所属していた大学に
次年度の学費が支払われたことが分かった。
窓口の職員に話を聞き、あの女性の仕業だと分かった。
私は とにかく、ひどく動転した。
(こんな高額なお金を急に支払うなんて、いったい何を考えているのかしら?
この費用は、私を雇うお金かしら?
でも、こんな大金、私の出来る仕事量から計算しても、釣り合わない。
だったら・・・何故?
そもそも、何の説明もなく、こんな風にするなんて!!)
どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・
混乱した頭で、「とにかく彼女に会わなくちゃ」と思った。
・・・・・・
・・・・
・・
夕暮れの雑踏。
繁華街の大きな交差点でさえ、彼女を見つけるのは容易だった。
ひときわ目立つ ライトグリーン。
ショート丈の毛皮のコートを着て、独特の存在感を示している。
私は迷わず、ズンと詰め寄る。
「あの!!・・先日面接をして頂いた者ですが
どうして勝手にあんなに大金を支払ってくださったのですか?!」
「・・・貴方を応援しただけよ」
― 彼女は笑って答えた。
「でも、困ります!勝手にあんなに高額。
すぐにお返しできませんし。
私、貴方のところで金額分働けばいいんでしょうか?!」
交差点を渡ろうとした彼女は
ピタと立ち止まり、首を振ってため息をつく。
「・・・はあ。」
振り返った彼女の顔には
一瞬にして不快感と悲しみが広がっていた。
「・・言ってるでしょ。“ギフト”。
・・・貴方を雇う気は、ないわ。」
凄みをきかせてそれだけ言うと、
手をヒラヒラと2回振って 雑踏の中に消えてしまった。
明らかに、彼女は怒っていた。
そして何よりも・・・悲しんでいた。
彼女がそんな反応をするひとだなんて、思いもしなかった。
私の言動こそが、彼女を落胆させたのだ。
呆気に取られて、ただただ私は立ち尽くしていた――
・・・・・・
・・・・
・・
後から、色々なことを知った。
女性は未亡人で、子どもが居ないこと。
ご主人の死後、彼が経営していた
「ステージでのちょっとしたショー」と
「お酒」を愉しめるお店を引き継ぎ、経営していたこと。
彼女は 慈善家ではないものの、
その街では“気前の良い人”として評判だったということ。
それら気前の良さは、
彼女自身が苦労の絶えない人生を経てきたことから
紡ぎだされるものらしいということ。
恐らく、彼女は純粋に私の行く末を思い、
私の全ての反応を考慮して そのお金をベストなやり方で支払ってくれた。
そこに“貸し借り”や“ネゴシエイション”は一切無かった。
しかし当時の私は、まだまだ未熟で
その種の親切には不慣れだったし、
彼女の行為の裏にある真意などまるで汲めなかった。
私がしたこと・・・
自分から 相手の親切心を期待して近づいたくせに、
せっかく与えてもらった彼女の親切心を疑い、
「そんなこと有り得ない」と否定した。
受け取っておきながら、
「私が欲しかったのは、これじゃない」とも否定した。
「勝手に親切を施されてしまった被害者」の立場をとり、
自分を守ろうとした。
「私はこんなこと頼んでいない。貴方が勝手に親切にしたのだ・・・」
お金を出してくれたのは、単なるきまぐれか、道楽かと思った。
私にそんな親切を受けるような価値は無いと思ったから。
そして、「彼女は、自分とは違う種類の人だ」と決め付けた。
そう決め付ければ、
彼女の気持ちを推し量らなくて済むのだから。
借りを作らなくても良いのだから。
一言のお礼も言わずに、
むしろ彼女を責め立てるような態度をとった。
彼女の行為の裏に どんな思いがあるのかなんて、考えもしなかった。
なんて、冷たく。なんて、ひどい。
・・・自分の保身と、言い訳ばかり。
挙句、人の気持ちを踏みにじった。
それこそ、そのときの “私” の生き方だった。
・・・・・・
・・・・
・・
彼女のお陰で、私は人生の難局を切り抜け
無事に進学し、その後の人生を楽しむことが出来た。
だが、その人生のずっと後になってまで
あの日の彼女の悲しい顔が 私の胸から消えることは無かった。
ライトグリーンの美しい毛皮を着た彼女の肩が
悲しく夕暮れに沈んでいく後姿。
・・・何度も思い出しては、彼女を想った。
彼女は何度も、私のような人間に出会ったことだろう。
被害者や弱者のフリをして、親切心を踏みにじる人に。
それでも、彼女はため息をついて、また歩んでいくのだろう。
ー 彼女との一件を経て、私は人との関わりあい方を変えた。
「分かろう。」 「受けとめよう。」
分かりきれないかもしれない。
受けとめきれないかもしれない。
・・・だけど 精一杯、ひたすら「そうしよう」と努めるんだ。
そして今も、それを学ぶ道程に居る。
この人生では、肩を並べて。
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